さらな日記 

某水色サッカーチームを偏愛する、元気過ぎる乳がん患者。乳がんサバイバーを目指す、乳がん「備忘録」兼徒然日記 「さらな」とは、サンスクリット語の「安らぎ・癒し」と言う意味

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大山のぶ代さんの認知症ニュースと母のこと

今週、「ドラえもん」の声を担当していた大山のぶ代さんが、現在認知症の治療中である、というニュースがあった。
このニュースを聞いたとき、亡くなった母のことを思い出した。

母が亡くなって9年余り。
時々、私の夢に登場したり気配を感じたりする母。
幽霊というわけではないので、決して怖い存在ではなく「あら、お母さん何か用事?」という感じで受け止めている
その母は、なくなる数年前から認知症の症状があった。
その母の認知症の症状と大山さんの症状が、ほぼ同じということもあり、母を思い出したのだ。

亡くなった母も、脳梗塞の経験があり奇跡的?に後遺症もなく、元気に過ごしていたのだが、ある時から方向感覚が抜けることがあった。
私がまだ会社員だったころ、年末の買い物へ出かけた時、百貨店から歩いて5分ほどの商店街(今は見る影もないシャッター街)へ行く途中、道に迷ってしまったのだ。その時は「あれ?道間違えちゃった」程度で済んだ。それから数年後、会社員を辞め諸事情で、実家に帰省しなかった頃ぐらいから「日にちと曜日」が抜け始めたのだ。
最初は「お父さんが『毎日が日曜日』だから」と、笑って答えていたのだが、さすがに何度も続くとこちらが「あれ?大丈夫?」と心配になっていった。

その後も電話で話をする内容が、飛んだり前後がわからなかったりということが重なり「健康診断を兼ねて病院に行ったら?」と話はするのだが、もともと病院嫌いな母は頑として行こうとせず、月日だけが過ぎていった。
おかしなことに同居している父は「認知症」という意識はなく、「歳だから・・・」程度に思っていたらしい。
しかし、父の前立腺肥大の手術前の検査入院の時、母の「認知症」が発覚(と言っても、病院で診断されたわけではないが、一般的な認知症の症状が表面化したのだった)。
父が前立腺肥大の手術の検査入院で、母が「お父さんがいない」と大騒ぎをしたことが、きっかけだった。
結局父の前立腺肥大の手術+入院では、私が2週間帰省し、母の面倒を見ることになった。

そこで解ったことは・・・
1.不安感や疎外感が「認知症」を進行させる。
2.母の場合、自分にとって楽しい思い出や経験が日々の生活の中に混在した
3.母にとっての「大切な人順位」が明確になった
4.兄(男性)は、元気だった頃の母の姿に縛られ、私(女性)は、現状に対処することで精いっぱい
ということだった。
特に3の「母にとっての大切な人順位」では、ダントツ1位は父。次が自分の両親(私にとっての祖父母)。3位は子供時代の友人や自分にとっての楽しい思い出を共有している友人。子供の私などは、案外下位であることを知ったのだった
その一例が、父が入院中であることが理解できない母は「お父さんがいない」と騒ぎ、私が「お父さん、入院しているからお見舞いに行く?」と尋ねると、「仕方ないね」と言いながらも、嬉しそうにお化粧をし、私に「お化粧、大丈夫?変じゃない?」と毎回確認をしたのだった。「母も女なんだな~」と思いながらも、嬉しそうにお化粧をし、服を着替える姿を見ていると、なんだか子供の様に見えた時間だった。

もともと、料理が苦手な母の食事は私が作ることになったのだが、私が食事の支度をし「お母さん、食べようか?」と声をかけると、嬉しそうに「そうだね、食べよう!」と言いながら「ごめんね、こんな料理で・・・(オイオイ、料理を作ったのは私!と心でツッこむ)」言い、自分のお気に入りのメニューの時には「お母さんの料理、おいしい?(イヤイヤ、作ったのは私、と再び心でツッこむ)」ということがあった。ただ、食べ方に厳しかった母が、ご飯や汁物をこぼしたり、煮物を上手に取れなかったりということがあり、そのたびに母本人がひどく落ち込むようだった。おそらくそこで「ダメでしょ」というと、認知症がより進んだのだろうが、私が「お母さん、ちょっとこぼしちゃったね。食べにくかった?」と声をかけると、「大丈夫」と笑顔で答えてくれた。
そんな2週間の介護生活だったのだが、父の退院が予定より遅れたため、私の代わりに次兄が来たときは大ゲンカをし、認知症が一気に進んでしまったらしい。ちなみに喧嘩の原因は次兄が用意した、「認知症予防のドリル」。そのドリルを半ば強制的にやらせようとして、喧嘩をしたらしい。

父が退院してからの様子は、入院前とほぼ変わらず・・・やはり、母にとって一番安心して甘えられる父が、近くにいることが認知症の症状を和らげるようだった。
その母は、1年後「くも膜下出血」で亡くなってしまったが、母にとっては自分の一番大切な父と倒れる寸前まで一緒だったこと、母の最期の思い出が父と過ごした時間であったことなどを考えると、良かったのかな?と思っている。

「認知症」と言っても、「アルツハイマー型」だけではない。
最近問題?となっている「レビー小体認知症」や「脳疾患系認知症」もある。
認知症は、患者本人も辛い部分も多いといわれるが、家族もまた大変だ。
ただ「認知症」を否定するのではなく、受け入れるところから本当の介護が始まるような気がする。
わずか2週間の母の介護経験ではあったが、私にとっては母のいろいろな面を知った2週間だった。疲れ果てたけど・・・
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のんチャン

Author:のんチャン
某水色サッカーチームサポで、元重度鉄欠乏性貧血患者
2010年3月乳がんの手術。現在普通に生活。
乳がん「備忘録」兼サッカーやお料理などを気ままに不定期更新。
本業は、密かに「地域密着系スポーツ・マーケティングプランナー」を目指す、売れないマーケティングプランナー
母屋ブログはこちら↓
http://blog.goo.ne.jp/happy-kernel-0297

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